「ほっ」と。キャンペーン

田舎を人口維持装置と考えてみるのもアリかも

mixi日記からの転載です。

少子化と各家庭の経済状況って、どれほど関連性があるのか、よく分からない。
こんなデータもあります。↓

http://www.pat.hi-ho.ne.jp/musashi/index.daisotuinnsotu.htm

都市部ほど出生率が低く、田舎ほど高かったり、
高学歴者が多いほど出生率が低かったり。
もちろん、人口が流出しているところほど、出生率が高くなるということも考慮しなければならないし、
田舎は超高齢者社会でもあるから、死ぬ人も多い。
そういう詳細なデータも見てみなければ分からないことも多いと思うけど、
直感的に言えば、
人が少なければ増やそうとするし、
多ければ減らそうとするのは、
神の手並の現象なのでは、という気もしないでもない。

もっとも、田舎で生まれて都会へ出て行くわけで、
そうした流れも自然なこと。
であれば、田舎を人口維持装置と考えて、手厚く保護するというのも、
ひとつの手ではあるまいか。
もうちょっと詰めて考察してみたいところではある。

日本の総人口増加率 過去最低
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1514774&media_id=2
[PR]
# by morisho5 | 2011-02-26 03:23 | 社会

twitterの記録,

やっぱりこれで十分か。
http://twilog.org/morisho5
[PR]
# by morisho5 | 2010-04-28 03:18 | Twitter記録

Twitterの記録は

はてなにすることにした。
http://d.hatena.ne.jp/morisho5/

なんか,ブログ3つになってもた。
mixiもあるし。

ある意味,Twitterがそれらを統合してる感じ。
https://twitter.com/morisho5

こういう書き方も,なんだかツイッタライズされてる感じ。
[PR]
# by morisho5 | 2010-02-23 18:13 | Twitter記録

雪の塊の上でバスを待つハルヒ

去年の4月,誰かがうちの前にバス停を置いていった。
c0044174_1861910.jpg

[PR]
# by morisho5 | 2010-02-23 18:07 | 日常生活

ハルヒの絵

c0044174_15364625.jpg
c0044174_1537333.jpg

[PR]
# by morisho5 | 2010-02-15 15:37 | 子どもの絵

Twitterのアーカイブ

いずれ消えてしまうTwitterの記録をどうしようかと思案していたが,

http://twtr2src.ogaoga.org/

これでHTML化は楽になった。
一部使えないタグを消去しなければならないのが面倒と言えば面倒だが,

http://twilog.org/

こっちに比べると,日付を自分で入れずに済むだけかなりマシ。

いっそ はてな を利用してしまえばスッキリするンかな。
[PR]
# by morisho5 | 2010-02-15 12:59 | Twitter記録

『個性を捨てろ!型にはまれ!』三田紀房著 大和書房

第1章 成功したければ『型』にはまれ!!
第2章 企画もアイデアも『型』でつくられる!!
第3章 これまでの自分を崩せ!!
第4章 タテ社会は素晴らしい!!
第5章 選択肢なんていらない!!
第6章 島国根性を磨け!!


なぜ個性を捨てて『型』にはまらなければならないと主張するのか。
要は,成功(=目標の達成)のためには個性を重視するより,
『型』にはまることの方がはるかに合理的だということだろう。

ありもしない自分の才能の開花を黙して待つような愚は早くやめて,
『型』にはまってしまった方がより早く目標に到達できるということを説いている。

しごくもっともで,働く多くの人にとっては当たり前にこなしているところだろう。
と言うことは,この本を読むべきは,目標は持っているが,
努力を怠っている人に向けられていると言うべきか。

ただ,それはおおよそ第1章から第3章までの部分で,
ここまでは筆者の経験なども交えて納得しやすい内容だった。
特に第2章あたりは,簡単ではあるけれども,
それこそ『型』を見つけるためのマニュアルのような趣もあり,
実用書的な要素も見られる。

後半部分に入ると,個人的な努力を説くところから離れて,社会全般のあり方にまで言及されている。
このあたりになると,いろいろ突っ込みたくなることも増えてきた。

けれども,例えば教育において,理屈よりも理不尽な『型』で抑えつけろ!と豪語するのも,
中途半端に理屈に詰まってしまうよりは,ダメなもんなダメなんだ!で押し通す方がマシというのは確かかもしれない。
大人がなぜ~はいけないのか,ということをきっちり理に諭す能力に欠けているのなら,
それしか仕方がない。
詰め込み教育を再評価しているが,ゆとり教育によって生まれた「総合学習」が上手く機能していない現状の教育現場を鑑みると,それしかないのだろうかと悲観的にもなる。

結局のところ,今の大人たちは,詰め込み教育や理不尽な押しつけで育ってきている。
自分で考えて,なぜ?ということをあまり考えずに大人になってしまった。
そんな大人たちが,今の子どもたちに何を教えられるというのだろうか,
というところに大きな落とし穴があるのかもしれない。

そのあたりを,筆者は日本人のDNAだと説明するのだが,
そんなDNAはあり得ない。
もちろん,DNAというのは比喩なのであろうが,
絶対不可避という生物学的な先天性で説明するのは,
まやかしだと言いたくなる。

個性を重視するということが,自分自身で考えるということでもあるとすれば,
導く能力のない大人が子どもを自分で考えさせられるわけがない。
個性を伸ばすことを,単に子どもを甘やかすことだと勘違いしてしまっているのが,
今の個性の問題なのだろう。

1958年生まれという筆者は,高度経済成長期のど真ん中を歩いてきたと言えるかも知れない。
それが古き良き日本だというわけではないだろうが,
少なくとも,日本は平和で治安も良く,経済大国にまで上り詰めた。
それが筆者の大枠の『型』なのだろう。
『武士道』より『商人道』に学べ!というところに,それは顕著に現れているような気がする。
 (しかし,『商人道』とはなんなのか。そんなもの,日本にあったのか?)

突っ込める部分はたくさんありはするが,
大局的に考えると,局所的な突っ込みは揚げ足取りのようにしか見られかねない。
こうした本に説得力があるということが,
なんとなく暗い気持ちにさせる。
[PR]
# by morisho5 | 2007-01-31 04:23 |

『太平記』(さいとうたかを)を読んでガンジーを思う

太平記っていつの時代の話なのか知らずにいました。
鎌倉時代から室町時代に入る頃の話だったのですね。

後醍醐天皇が隠岐に島流しにされたとか,そう言えば日本史の時間に習ったような気がするけれど,
どうやって足利尊氏が征夷大将軍になったのかとか無知な私は今まで知らずにいました。
中高と地理オタクだった自分は,
日本史は捨ててましたから。
しかしこうやってマンガを通して物語で読んでいれば,もっと歴史にも興味が持てたのだろうな。
いや高校の時には三国志など中国ものにはまってはいたけれど,
日本の歴史物語も悪くないですね。

楠正成がやっぱり一番ええやつなんかな。
忠義の士であり,軍事戦略にも長けていて,
武力にも優れるという。

しかし,忠臣蔵もそうだけど,
忠義の士に感情移入するというのも,
どういう心理作用なのだろう。
今どき忠義なんて死語に近いだろうに。

これを読んで自分も忠孝に励もう!とは思わないのだけれども,
不忠な登場人物には嫌悪感を抱いたりする。
明智光秀なんか,最近でこそ復権の兆しもあるものの,
長く歴史の中では忌避されてきた存在みたいだし,
忠義ってなあ。

一種の信頼感なんだろうか。
忠臣蔵は海外でもけっこうウケがいいと言うし。
別にそれが主君や帝や将軍でなくとも,
誰かのために命を抛つ覚悟のある姿が普遍的に共感を呼ぶのだろうか。
他人のために死ねるやつは信頼できるという。

しかし,忠義だ何だと言って,人々を戦乱に巻き込むのはいただけない。
安易な平和主義をあげるつもりはないのだけど,
要は土地の奪い合いをしているわけだから,
情勢を見て勝ち組にのっかったり,いったん負け組になっても,何も得るものがないよりは負け組として結集して再起をはかるとか,そのことの繰り返し。
その影で兵や物資を徴用,あるいは強奪される民百姓がごまんといることを思うと,たいがいにしてくれや,と思ったことであろう,民百姓。

それを思うと,ガンジーはすごいよな,と突然思った。
[PR]
# by morisho5 | 2007-01-29 01:48 |

いっぺん離婚しなあかんのやろか

と思ったことがあると言うのは,
婚姻届を出す際のことで,
選択的夫婦別姓が法制度化されたなら,
別姓にするためには,いっぺん離婚届をださなあかんのだろうか,
と思ったことがあるということである。

 夫婦別姓、賛否が拮抗=容認36%、反対35%・民法改正遠のく-内閣府調査
 (時事ドットコム)

どうやらうちら夫婦の離婚も遠のいたようだ。

夫婦別姓に関して,格別高邁な思想を持っているわけではないのだけど,
出会いからこの方十数年に及んで,2人の子どもができた今をもっても未だにお互いを姓(旧姓)で呼び合っているので,
別姓の方がごく自然な感覚であるということにほかならない。

それはどうでもいいことなのだけど,
いずれは夫婦別姓が認められる,とは前世紀末から言われていたのだけれども,
また遠のいたってのが驚きだ。

意識調査自体が有効なものであるかどうかを疑い出したらキリがないのでやめとくけど,
世の中の保守的な風潮というものはこういうところにも出ているのだろうか,と思った次第。
[PR]
# by morisho5 | 2007-01-28 17:16 | 社会

世界の村おこし・町づくり

 (渡辺明次著 講談社現代新書)

という本を読んだ。
自分の住む美山町(現南丹市)も過疎化が深刻で村おこしが必要だ。
なんで必要なんか?という問いもあるかもしれないけれど,
とりあえず,過疎化している地域は村おこしが必須となっている。

言うたら,過疎地のどこもかしこも村おこし村おこしと騒がずにいられないのがいつの頃からか定着しているけれども,
ただでさえ人口減少傾向に突入した日本のどこでもかしこでも村おこしが成功するはずはないのかもしれない。

この本はバブル全盛の1990年に書かれており,
今から16年も前で社会情勢も大きく変化しているはずだけれども,
訴えかけてくるものは未だに大きいように感じられた。

 「町づくりの本来の目的は,もう一つの産業を町に加え,
 町の構造を人間的なものにつくり変えるということである」

そのために

 「都市を産業軸から自然軸によって発展する町に変えていくことが,
 現代の町づくりの意味であろうと思う」

と筆者は語る。

ひとつとても興味深かったのは,
人口8000人の漁村にできたオランダ村の話だ。
この本が書かれた前年の来場者は150万人に達し,
年収も95億円にもなっていたそうだ。
けれども,筆者はこれが本当の意味での村おこしにはほど遠いと指摘している。
その理由は,

 「本当の漁村は,・・・観光客からかくされて」
 おり,
 「オランダ村は町民が楽しむ所にはなっていない」

からだと言う。
この本が書かれた10年後の2001年にはオランダ村は経営不振のため閉鎖されている。

オランダ村の閉鎖が著者の指摘に関係しているかどうかはさておき,
結果としてオランダ村は根付かなかったということを示唆するには十分なような気がする。

本書で取り上げられている村おこし・町づくりの成功例は,
こうした観点から選ばれているようで,
それぞれの村おこし・町づくりの歴史は実に半世紀以上の月日を経て行われているところばかりである。

村おこし・町づくりのきっかけは,
婦人会の催しであったり,富豪による寄付であったり,行政主導であったりといろいろなのだけれども,
共通するのは,住民にとって楽しめる居心地のよい空間を作り上げているところだろうか。
そして,住民の手による地道な活動が,やがて発展して村や町を活気づけているということだ。

著者は建築家であるのだけれども,
日本に一時期(特にバブル期に)ありがちだったハコ型の,つまりは税金を投入して催場ばかりを建ててしまうという発想にはハッキリと距離を置いているように見える。
そのあたり,サブタイトルが「まち活性のソフトウェア」とあるところにも現れている。
このサブタイトルがなければ,おれもこの本を読んでみようという気にはならなかったかもしれない。

結局は,人が集まるのはモノがあるからではなくて,魅力的な「ヒトの生活」があるからということなのかもしれない。

ちなみに,この本は今では絶版になっているので書店では手に入りません。
mixiのおすすめレビューでも本書は登録されてなかった。
[PR]
# by morisho5 | 2007-01-26 01:39 |